ウィーン観光情報武田倫子の 「行った・見た・聴いた」エリザベート皇妃 夢のあと

エリザベート皇妃 夢のあと

 湖―この言葉の響きで、人は何を想うだろう。

 「絶世の美女」として名高いエリザベート皇妃がルイジ・ルッケーニに刺され一命を落としたのはジュネーブのレマン湖畔だった。命日は9月10日。育ったのはミュンヒェン近郊、シュタルンベルガー湖際のポッセンホーフェン。斜め対岸が、従兄弟のバイエルン王ルードヴィッヒ2世が入水自殺したベルク村というのも何か暗示的だろうか・・・。この湖には映画「ルードヴィッヒ」にも登場する、薔薇の島がある。岸からその島へ向かうボートも、私が訪れた時には、当時のような木の船で(現在は電動式)舵の漕ぎ手でもあるポールス氏が島を案内して下さった。

 かつて、この島の館には2人が心を通わせていた<文通の箱>が設けられ季節には薔薇の香りで一杯になったという。のびのびと育った少女時代に別れを告げて、16歳でハプスブルク家へと嫁ぎ、だんだんと陰影を深めてゆく皇妃はすみれ色を好み、ルードヴィッヒ王は青色を好んだ。互いに夢想家で気質の似ていた2人。….と、折しも岸辺には 白鳥が泳いでいた。決して寄り添う事はないけれど、同じ方向に気高く進んで行く2羽は、この2人の互いに、孤独な心の姿のようにも見えた。

 ウイーン王宮には「見返り美人」と形容したくなる気品に満ちた、ヴィンターハルター作の皇妃の大きな肖像画がある。さて彼女は果たして幸福だっただろうか?。末娘マリー・ヴァレリーの手記には<パパといるときには沈んでいる>母の様子が描写されている。ダイエットや拒食症で有名。今ヤミュージカルでも知られている皇妃の紹介が、あまりにも表面的・奔放に描かれている感もある。皇妃の内面を窺い知る糧として、自分の死後60年後に、公開するよう頼んだ日記の形で綴られている詩集があり、(ブリギッテ・ハーマン著)自らを湖のかもめに喩えている。

 彼女がもし、別の結婚をしていても、やはりドラマティックな生涯を終えていたのではないだろうか?。この詩集には1個のさすらう魂としての叫び・つぶやきが現され、これからの私たちヘのメッセージとして、永遠に伝えられてゆく事だろう。

2008年9月たけだのりこ