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作曲家ヤナーチェクのファンタジー
11月に入って黄葉に霧がかかり、趣が深くなるこの季節には、なぜか弦楽四重奏曲が似合うように思う。弦の響きに耳を澄ませると、そのままヨーロッパの、冬の呼吸の中からの、音色が聞こえて来そうだ。
ヤナーチェク、晩年の作品「弦楽四重奏曲」第2番、<内緒の手紙>を聴いている内、後にこの曲が生まれる切っ掛けとなった場所で、彼が運命の女性、ステッスロヴァー夫人と出会う「ルハショヴィーツェ」へ行ってみたくなった。心の葛藤から昇華されてゆく愛へのテーマは、オペラ<イェヌーファ>にも出ていて、この心模様を表す弦楽器の使い方にも、魅力を覚えていた。
地図で見つけたその場所は、スロヴァキア国境近くの、瀟洒な建物の並ぶ避暑地だった。私が訪れた時、森のなだらかな散歩道では、大きな葉が風に煽られて、優雅に波打ちながら舞っていた。あたかも、弦楽器による心の紡ぎ糸が、次々と綾なしてゆくように.......。
ヤナーチェクは、言葉の持つリズムを重視した作曲家であり、日常会話に伴うフレーズや、特に圧迫された時の心理状態から来る声の抑揚に注意して、独自のノートを作っていた。人間のみならず、動物たちの悲しい呻き声や、鳥の泣き声にも耳をそば立て、またその土地独自の舞踊のリズムも研究していた。これらが独特の世界へと展開してゆき、オペラ<利口な女狐>に集約される。風刺も効いているが、元々から敏感であったという子ども時代と、その育まれた生誕地ぬきには、彼を語れないだろう。
その生地、「フクヴァルディ」は、幾つもの丘に囲まれた美しい北モラヴィア地方。少年レオシが、貧しいながらも、心豊かに成長して行った様子が想像出来る、清々しくて何とも環境の良い所であった。
幼い頃から遊んでいたであろう廃墟のある丘が見えて、そこに登ってみると、木々の葉は折からの晩秋の光により、暖かな黄金色に輝き、谷からの風の声に乗って、各々の葉は音楽を奏で始めていた。夜になると、玲瓏とした月が、その城跡にかかり、それはもうそのままに、童話の国へと誘われるそうな世界だった。
ふと、人間が、後に何かを成す原動力となるのは、子ども時代に得たそのファンタジーを、どう持ち続けてゆく事にあるのでは。と思う時がある。